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サンタクロースの起源

 高橋義人さんの『グリム童話の世界』(岩波新書・2006年)を読んでいたら、思いがけずサンタクロースにまつわる一節を見つけた。メモ代わりに引用。

 

聖書にイエス・キリスト冬至に生まれたという記述はない

(前略)冬至とクリスマスはほぼ同じ時期に当たるが、聖書にイエス・キリスト冬至に生まれたという記述はない。しかしローマ帝国内でのキリスト教の普及を図った人々は、帝国内で信仰されていたミトラ教(太陽を神と崇める宗教)が一二月二五日を太陽神の誕生日と考えていたため、イエスの誕生日をそれに合わせ、帝国内の住民がキリスト教に転向する上での心理的な抵抗を少しでも軽減させようとした。
49頁

 

サンタクロースにはループレヒトという鬼のような姿をした従者が付き従っている

 日本やアメリカではサンタクロースはクリスマス・イブにやってくると信じられているが、これはじつは誤りで、ヨーロッパで今日でも祝われている風習では一二月五日から六日にかけての夜に訪れる。しかもサンタクロースにはループレヒトという鬼のような姿をした従者が付き従っている。サンタクロースが子どもたちに持ってきてくれるプレゼントを、従者は袋に入れて運んだり、この一年間、行いの悪かった子どもには飴の代わりに鞭を与えたりすることになっている。子どもたちが玄関の間に置いておいた靴のなかに飴を入れるのはサンタクロースであり、鞭を立てて入れるのは従者である。
 このようにループレヒトに与えられているのは従者や悪人の役であるが、じつは彼らは古代ゲルマン信仰の最高神オーディンと関係のある気高い存在である。
51頁

 

ループレヒトと古代ゲルマン信仰の最高神であるオーディン

 サンタクロース祭の頃、オーディンは白馬にまたがって天空を疾駆する。オーディンは嵐の神であると同時に冬至の神でもあった。白馬の「白」は冬や「あの世」を表している。オーディンたちが死者たちの軍勢を率いて耕地の上を荒れ狂うと、大地には豊穣がもたらされる、と大昔のゲルマンの人々は信じていた。オーディンは冬(死)の神として「あの世」を支配し、「この世」に穀物を恵んでくれる農作物の祭祀王でもあった。そしてこの世に恵みをもたらすという習俗が、キリスト教のもとで姿を替えてサンタクロース祭となったのである。
 オーディンは今日ではヴォーダンと呼ばれることが多い。R・ヴァーグナーの四部作『ニーベルングの指輪』に出てくる片目のヴォーダンである。しかしキリスト教は、古代ゲルマン信仰の最高神であるオーディンないしヴォーダンの影響力を殺ぐために、彼をサンタクロースの従者の立場に貶めてしまった。異教時代の祝日に合わせて新しい祝日を次々と定めたキリスト教は、ミトラ教の太陽神の誕生日をイエス・キリストの誕生日とすり替えたように、オーディンが占めていた地位をサンタクロースに取って代わらせた、と今日のドイツの民俗学では推測されている。
52頁

 

動物の化身・クランプスと植物の化身・シャープ

 写真家の芳賀日出男氏は、オーストリアのミッテンドルフムラで一二月五日に行われる「クランプス」の祭りを訪れ、多くの写真を撮るとともに、その祭りを詳しく紹介している。クランプスはループレヒトと同じようにサンタクロースの従者であるが、より悪魔化されている。クランプスは悪魔のように恐ろしい仮面をかぶり、動物の毛皮を身にまとっている。クランプスは悪魔であると同時に、獰猛な動物の化身である。十七世紀に誕生したと考えられているクランプスでは、動物が悪魔の地位にまで貶められている。クランプスとともに登場するのは、蓑のように藁でできたマントで頭から足まで覆った「シャープ」である。シャープは植物の化身である。だが同時に角を生やし、動物の側面も有している。シャープは明らかに自然の象徴なのだ。しかもループレヒトやクランプスとは異なり、シャープはサンタクロースの従者ではなく、いわばキリスト教の圏外にいる。そのシャープが行列を先導し、サンタクロースとクランプスがそれに付き従う。シャープは規則正しいリズムで長い鞭をふるって大地を叩き、人々に道を空けさせる。鞭で大地を叩くのは、大地のなかの邪気を払うという豊穣儀式のひとつであり、サンタクロースはここでは誰の目にも脇役である。
53-56頁

 

冬を追い払い、夏を招き入れる

 ヨーロッパにおける祭りは、一二月から五月までの半年に集中している。これらの祭りには今日でこそキリスト教的な意味づけが与えられているが、もともとは、冬を追い払い、夏を招き入れるための行事であった、と考えられている。もともとは冬至祭だったクリスマス、冬の最も寒い時期に行われるカーニヴァル(謝肉祭)、春の来訪と合致する復活祭、夏の到来を祝う五月祭。これらの祭りにおいて人々は必死に冬と戦い、夏を歓喜して出迎えた。そして人々は冬という悪霊に立ち向かうべく、クマやオオカミのような猛獣、あるいはクランプスのような恐ろしい姿に変身したのである。
58-59頁