教育勅語について考える

教育勅語に対するイメージ

 森友学園の一連の報道をきっかけに、教育勅語に関する話題が増えている。森友学園が運営する幼稚園で、園児が教育勅語を暗唱する場面が報道されたからである。教育勅語と言えば「戦前および戦中の教育現場で用いられた文書」という知識はあっても、逆にそれ以上の知識がない人の方が多いのではないか。わたしもまた、そのひとりであった。

 「戦前および戦中」という言葉を耳にすると、とっさに「軍国主義の時代」を連想する人もいるだろう。「軍国主義の時代」というのはマイナス・イメージである。みんな戦争は嫌いだからである。教育勅語は、マイナス・イメージの「軍国主義の時代」を連想するから、園児による教育勅語の暗唱が話題になったのである。そして、マイナス・イメージが伴うがゆえに、安倍総理大臣は必死になって、森友学園との関係を否定するのだと思う。もし関係があっても違法性がないのであれば、本来なら堂々と「知り合いです」と言えばよい。それが言えないのは、自分にもマイナス・イメージが降りかかることを恐れているからであろう。

 もちろん安倍総理の答弁通り、本当に無関係なのかもしれない。だが少なくとも、昭恵夫人が学園の名誉校長だったことは事実である。ここで、論理的な人や理性的な人はこう反論するだろう。「昭恵夫人の思想・信条と、安倍総理の思想・信条が必ずしもイコールなわけではない」と。その通りである。別々の人間なのだから、考え方や価値観が違って当然である。けれど、夫婦というものは、あるいは家族というものは、世間からは「一組」として見られがちである。少なくとも日本はそういう国である。阿部謹也さんが言うように、日本では「個人」という概念が育っていないのである*1。だからこの国では、家族の一員が何かしらの犯罪を犯したとき、残された家族が「世間をお騒がせしてすみません」と謝罪するのである。

 人間には感情的な部分がある。論理や理性「だけ」では、人は納得しないのである。頭では理解できても、感情が追いつかない。だからこそ、人はイメージに左右されやすいのである。ともあれ、イメージはイメージでしかない。今回の一連の報道をきっかけに、ちゃんと教育勅語について考えてみよう、そう思ったのである。

 

教育勅語にはどんなことが書かれているか

 教育勅語は、正式には「教育二関スル勅語」と呼ばれる。どんなことが書いてあるのかについては、調べればすぐに分かることなので、ここでは詳しく述べない。原文は文語体で書かれているので、読みにくく内容が理解しにくいかと思う。いろいろな人が現代口語訳を試みているので、それを読んでみてもいい。最近では、小説家の高橋源一郎さんがツイッターに投稿した口語訳が話題になった。

高橋源一郎氏の「教育勅語」現代語訳 - Togetterまとめ
https://togetter.com/li/1090802


 さて、教育勅語の内容に対して、いくつかの批判がある。たとえば「臣民」という言葉遣いである。臣民とは天皇・皇族以外の国民のことを指すのだが、「臣」とは家来という意味である。要するに、国民主権ではなく天皇主権(君主主権)なのである。もっともこの批判は、当時の政府が、天皇主権で大日本帝国憲法を作ったためであるから、教育勅語だけの問題ではない。

 さらによく指摘されるのは、最後の徳目「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」の部分である。わたしなりに直訳すれば「ひとたび国に危機が迫ったときは、忠義と勇気を公のために奉仕することで、天地ともに永遠に続く皇室の運命を助けなさい」という意味になる。この部分に対して、「戦争が起きたら、兵隊となって戦ってお国のために尽くしなさい」と教えるものではないのか、という批判がある。もちろん「どこにも戦争に行けとは書いていない。拡大解釈だ」と反論することもできる。ただ、当時は徴兵制があり、「富国強兵」をスローガンに掲げていたこともまた事実である。

 どちらにせよ、教育勅語を否定する人の言い分は「今の時代にそぐわない」ということである。わたしもその通りだと思う。特にわたしが気になるのは「天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」の部分である。仮に、最後の徳目の内容が「ひとたび国に危機が迫ったときは、忠義と勇気を公のために奉仕しなさい」であれば、なんの違和感もない。ということはつまり、「天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ(天地ともに永遠に続く皇室の運命を助けなさい)」と書かれていることが重要なポイントなのである。そもそも、教育勅語の作者は誰か。それは明治天皇である。草案を書いたのは役人かもしれないが、明治天皇の言葉として発表されたのである。わたしはここが要点だと思う。

 

教育勅語は「宗教的」である

 教育勅語の「勅語」とは、「天皇のお言葉」 という意味である。そして、天皇は神様(アマテラス)の子孫である。それが本当なのかどうかは知らないが、そういうことになっている。神様の血を引く天皇が教育について述べた文書、それが教育勅語である。

 旧約聖書モーセの十戒と呼ばれるエピソードがある。神様(GOD)から10の守るべきルールを授かったという話である。教育勅語も似たようなもの、と言い切ってしまうのは乱暴だが、教育勅語は「神様の子孫である天皇」を前提にしている以上、宗教的な文書であるとわたしは思う。

 ユダヤ教キリスト教には聖書がある。イスラム教にはコーランがある。聖書もコーランも「神様の言葉」であり「神様の教え」である。仏教は、とにかくたくさんの聖典・教典があってぐちゃぐちゃであるが、一応どれも「お釈迦さまの教え(説法)」ということになっている。そして神道はというと、「神様の教え」をまとめた書物はないのである。『古事記』『日本書紀』は神話であって、教えを説いたものではない。だから、もし神道に「神様の教え」みたいなものが存在していたら、教育勅語は作られなかったのかも…、なんて思ったりもする。

 ちなみに当時の政府は、大日本帝国憲法の第28条で「安寧秩序を妨げず、臣民の義務に背かない限りにおいて」信教の自由を認めている。神道はどう考えても宗教だとわたしは思うのだが、「神道は国民道徳であって宗教ではない」という意見もあるようだ。こうした話になると、「何をもって宗教と呼ぶのか」「宗教をどう定義するのか」という難問にぶつかってしまって、素人のわたしにはとても手に負えないが、要するに「仏教でもキリスト教でもなんでも自由に信仰して構わないが、国家神道には全員従いなさい」というダブルスタンダード二重規範)の時代だったのである。

 当時の国民(臣民)が、どこまで本気で「天皇は神様の子孫である」と信じていたのか、それはわからない*2。ただ、少なくとも建前では、天皇を崇敬しなければならなったのである。

 

内村鑑三の不敬事件

 繰り返しになるが、勅語とは「天皇のお言葉」である。そこらへんのおっさんの言葉ではない。「何を言ったか」ではなく「誰が言ったか」で判断するのは権威主義かもしれないが、なにせ天皇である。「神様の子孫」である。しかも当時の天皇国家元首、つまり日本の統治者である。権威があるのは当然である。

 どれほど権威があったのか。内村鑑三の不敬事件というものがある。島薗進さんの『国家神道と日本人』(岩波新書)から引用する。なお、内村はキリスト教徒である。

   …内村が一高[引用者注:第一高等学校]に赴任して四ヶ月後の91年1月9日、一高では授与されたばかりの、天皇の署名(宸署(しんしょ))がある教育勅語の奉読式が行われることになった。
 奉読が終わった後、教員と生徒が五人ずつ宸署のある教育勅語の前で礼拝することとなった。ところが、内村はとっさに深々と礼をすることができず、軽く頭を下げる程度で退いた。これを他の教員や生徒が見とがめ、厳しい非難を浴びることとなった。校長等は穏便におさめるべく努力したが、一高内の教員・生徒らの非難、またマスコミの批判はおさまらず、結局、内村は1月31日で依願解職となった。これが内村鑑三不敬事件とよばれるものである。
41-42頁 年月日の漢数字はアラビア数字に改めた

  深々と礼をしないだけで職を追われるのである。すごいバッシングである。この事件から分かるのは、教育勅語の内容云々の話ではなく、教育勅語という「物体」そのものが神聖視されているということである。ここらへんの話は、天皇の肖像写真である「御真影」とも絡んでくるのだが、ともあれ教育勅語は、書かれている内容に権威があるばかりではなく「物体」としても崇拝されたのである。これはきわめて宗教的なことであるが、神道を宗教だと見なせば、さほど不思議な事ではないかもしれない。

 

教育勅語の「核」とは何か

 ここで、稲田防衛大臣の答弁を振り返る。3月8日の参議院予算委員会において稲田大臣は、「教育勅語の親孝行とか友達を大切にするとか、そういう核の部分は取り戻すべき」だと答弁した。

 この答弁からは、二つの意味が読み取れる。一つは、稲田大臣が「教育勅語の核は、徳目である」と認識していることである。わたしは、これまで述べてきた考察から、「教育勅語の核は、天皇崇敬という思想である」と思っているのだが、ここでは仮に、稲田大臣の認識に従って、徳目が核だとしよう。核である徳目だけを取り戻すということは、「天皇崇敬の思想」を省くということである。すると当然、徳目だけが残る。「天皇崇敬の思想」に紐付けられなければ、徳目は普遍的な道徳と言える。さて、残った徳目をどうするのか。教育基本法に盛り込めばよいのである。当然そういう話になるはずである。したがって、教育勅語をわざわざ復活させる必要性は無いし、ましてや暗唱させる必要性はどこにも無い、というのがわたしの考えである。

 もう一つ読み取れることは、「取り戻す」というくらいだから、現状は「失われている」と稲田大臣が認識していることだ。つまり、現行の教育基本法ではダメだということである。 ちなみに教育基本法は、2006年の第一次安倍政権において改正された。「愛国心」という直接的な表現を避けた形ではあるけれど、次のような一文を盛り込んだ。「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと(第2条 教育の目標)」。もちろん他にも改正されたところはあるが、ともかく稲田大臣は、「先の改正では、核の部分は取り戻されていない。まだまだ不十分だ」と思っているのかもしれない。さらには、「まだ取り戻されていないのだから、少なくとも取り戻すまでは、教育勅語でなければならない」と思っているのかもしれない。

 

なぜ教育勅語にこだわるのか

 では今後、教育基本法をさらに改正して、稲田大臣の言う核の部分、つまり徳目が加わったら、教育勅語は必要でなくなるのだろうか。そう考える人もいるだろうが、なかには「いくら改正しても教育基本法ではダメだ。どうしても教育勅語でないといけない」と主張する人もいるかもしれない。なぜそこまで教育勅語にこだわるのか。わたしが思いつく理由は二つある。一つはやっぱり「天皇崇敬」である。いくら教育基本法を改正しても、「天皇崇敬」が欠けているからダメなんだ、という意見である。となれば、議論すべきことは「天皇をどう捉えるか」ということになる。なぜ天皇を崇敬しなければならないのか、それは神の子孫だからなのか、それともそれ以外の理由なのか、そもそも理由なんて必要なくて、天皇天皇というだけで「スゴイ」のか等々。これは日本国にとって、そして日本人にとって「天皇とは何か」という問いである。現在、天皇は「象徴」と定められているが、曖昧と言えば曖昧である。もっと議論してもいいことかもしれない。そしてそれは宗教の問題であるし、ナショナリズムの問題でもある。

 もう一つの理由は、単なる復古主義である。復古主義とは「今より昔のほうが優れている」という考え方である。具体的に言えば「占領軍(GHQ)によって奪われたものを取り返そう」ということである。復古主義は、英語で言えばリアクショニズム(reactionism)だから、反動主義とも訳される。つまり、戦後民主主義政策の反動である。

 

伝統原理主義に反対する

 日本国憲法GHQに押し付けられた憲法だとしても、それは戦争に負けたのだから致し方ないと個人的には思っている。戦争に負ければ、占領され、支配されるのは当然だと思っている。そのうえで、「戦後70年も過ぎたのだから、いい加減自分たちの手で憲法を作り直そう」という気持ちが沸き起こるのもまた当然だと思っている。こうした改憲論は、ナショナリズムであると同時に、リベラル(自由主義的)なものである。わたしは、リベラルな改憲論には賛成である。ただし、過去を顧みないまま戦前・戦中時代を肯定し、回帰しようとする復古主義的な改憲論には反対である。なぜなら、無批判な復古主義というものは、原理主義だからである。「自分は正しい。相手が間違っている。だから批判には耳を貸さない」、これが原理主義者の態度である。つまり、「過去や伝統は無条件に正しい。したがって現状は間違っている」という態度は、伝統崇拝であり、伝統原理主義だとわたしは思う。

 過去に歩んできた道が、すべて正しい道のりだったわけではない。人間は間違えることもある。また、すべての伝統が優れた伝統であるはずがない。優れた伝統と、現代にそぐわない伝統がある。教育勅語は、現代にはそぐわない伝統である。確かに、述べられている徳目は普遍的な道徳である。けれど、教育勅語は「天皇崇敬ありき」の文書なのは明白である。あくまで教育勅語という形にこだわり、復活させることを目指すなら、天皇崇敬を復活させなければならない。けれど、天皇主権ではなく国民主権である現代において、はたしてそれが可能なのだろうか。もちろん、国民主権を維持したまま、天皇崇敬を実現する方法があるのかもしれない。そして、その方法を探るとしたら、過去を顧みる姿勢が求められるはずである。なぜなら、過去を顧みない復古主義的な姿勢では、「過去や伝統は無条件に正しい」のであるから、必然的に「天皇主権に戻そう」という結論になってしまうからである。無反省のまま「古き良き」を守るのではなく、反省したうえで「より良く」発展することを目指す方が、よっぽど「愛国的」ではなかろうか。

 

*1:阿部謹也『「世間」とは何か』(講談社現代新書)参照。

*2:加藤周一の『日本人とは何か』(講談社学術文庫)収録の「天皇制について」のなかで、「戦前と戦後で天皇に対する印象がどう変化したか」という調査を行っていて大変興味深い。