「ナショナリズム」という言葉づかい

 「ナショナリズム」という言葉を目にしたり耳にしたりするが、きちんと「ナショナリズム」という言葉の意味合いを説明できるだろうか。そう思い立って、ごくごく初歩的で、基本的な部分を整理してみることにした。

 

ナショナリズム」という言葉が意味するところ

 ナショナリズム(nationalism)とは、ネイション主義である。ネイションは、「民族」とか「国民」とか「国家」といった日本語訳が当てられる。したがって、ナショナリズムを訳すと、「民族主義」とか「国民主義」とか「国家主義」となるわけだが、考えてみると、民族と国民と国家は、必ずしも一致しないのだ。
 
 アメリカは移民の国だから、当然さまざまな人種の人々が住む多民族国家である。日本もまたアイヌ系や琉球民族がいるし、韓国人や台湾人などの外国人も多く住む国だ(ちなみに、中曽根康弘麻生太郎など、政治家が日本を「単一民族国家」だと発言して批判を浴びる例が多々ある)。
 
 民族とも国民とも国家とも訳されるネイションという言葉は、それぞればらばらの意味を持っているわけだが、共通する部分もある。それは「人間集団の単位」である。「◯◯民族」という言葉を使うとき、頭に浮かぶのはたったひとりの人間ではない。「◯◯民族」というカテゴリーでくくられる集団である。「◯◯国民」という言葉も同様だ。「民族」も「国民」も人間集団である、というところまでは納得してもらえるはず。では「国家」はどうだろう?
 

土地・地域に対する思い入れ

 「日本」とか「アメリカ」とかいう国の名前もまた、その国に暮らす人々をイメージさせるけれど、「国家」という言葉には、「土地」あるいは「地域」という意味合いも含まれる。要するに「国土」である。植村和秀さんは『ナショナリズム入門』(講談社現代新書)のなかで、以下のように述べている。
 
  ネイションという言葉は、何らかのまとまりを持つ人間集団を想定しています。ただ、その人々が世界各地に暮らしていて、およそ未だかつて、一緒に暮らした記憶がないのであれば、そのような集団をネイションと呼ぶことはできません。となると正確には、少なくとも一緒に暮らした記憶が必要であり、それはつまり、その人間集団にとって特別な土地が存在しなければならない、ということです。
  そしてそれゆえに、インターネットを介する人間のつながりは、ネイションと呼ぶことはできません。ソーシャルネットワークは、土地を持たないからです。
24頁 太字は引用者による

 

 その人間集団にとって特別な土地とは何だろう?  その具体例として、以下の記述はわかりやすいと思う(日本人=日本ネイションの人には)。

  そもそも、先祖がこの島々(引用者注:竹島尖閣諸島)に住んでいた記憶のある人は、ほとんどいないわけです。それでもこだわるのは、この土地に多くの人々がネイションの一部という意味を認め、それによってネイションの形を今現に作りつつある、ということだと思います。だからこそ、思い入れは特に深くなり、島の行く末が自分の身を切られるような痛みを心に与えるのです。
26頁

 

 ネイションは、「人間集団の単位」であると同時に、「土地・地域の単位」でもある。したがって、ネイションという言葉を(あるいはナショナリズムという言葉を)、民族とか国民とか国家というように日本語に訳してしまうと、意味を固定してしまうことになる。それよりも、「人間集団の単位」かつ「土地・地域の単位」であると理解する方が、ネイションという言葉のニュアンスを掴みやすいのだと思う。

 

「民族」と「ネイション」のつながり

 ところで、いままでネイションの日本語訳に「民族」を加えてきたが、ここで一つの疑問が浮かぶ。「民族」は「エスニック・グループ(ethnic group)」であって、ネイションと区別すべきではないか、という疑問である。たとえば塩川伸明さんは、『民族とネイション』(岩波新書)において以下のように区別している。
 
エス二スティ
…国家・政治との関わりをとりあえず括弧に入れて、血縁や先祖、言語や生活習慣、宗教や文化などを共有してる、という意識を持つ集団。

・民族
…上記のエスニシティを基盤として、一つの国家・政治的単位を持つべきだ、という意識を持つ集団

・ネイション
…国と時代によって意味合いが異なる。英語やフランス語では、エスニックなニュアンスが弱く、「国民」の意味合いが強い。対してドイツ語やロシア語では、エスニックなニュアンスが強く、「民族」の意味合いに近い。
 この区別の仕方について、塩川さんはちゃんと断りを入れている。こうした区切り方は恣意的で難しく、あくまで議論を進めていくうえでの「一つの整理の試み」である、と。
 

ナショナリズム」を理解する最初の一歩

  以上の説明では、「ナショナリズムとは何か」という答えとしては不十分すぎる。というか、「ネイション」の説明に終始してしまっている。「ナショナリズム」という言葉に含まれる排他的な印象は、どこからくるのだろう…といった話は、今後ゆっくり進めていきたい。

 ともあれ、「ネイション」という言葉には、いろいろな意味が重なり合っている。この認識が、「ナショナリズム」を理解する上での最初の一歩であることは間違いないはず。ネイションが複雑だということは、ナショナリズムもまた複雑だということだ。したがって、「ナショナリズム」という言葉づかいには注意したほうがよいのだろう。自分が使うときも、相手が使っているときも。

 

参考文献

ナショナリズム入門 (講談社現代新書)

ナショナリズム入門 (講談社現代新書)

 
民族とネイション―ナショナリズムという難問 (岩波新書)

民族とネイション―ナショナリズムという難問 (岩波新書)